DANNOさんのホームページの情報に常に学びや気づきを頂戴している者です。いつもありがとうございます。
さて、私もこのリマスター盤が発売日に届くように注文をし、一枚ずつ楽しく聴いております。すでにご高見ありましたように、各面におけるピッチ調整が本当にきれいになされているのは演奏を楽しむうえで本当に助けになりますね。kusayanagiさまのおっしゃる通り、ハイドンの交響曲はなんだか特にピッチがばらばらなことが多くて、SPで聴いております時にもそのつど「あらら?」と思いながらひっくり返していた少年時以来何十年も「なんだかなぁ」と疑問に思っていたのが、ここにきてとてもすっきりした感じです。
このシリーズは大変丁寧な復刻で、今後のファレンスになるものだと感じました。スクラッチノイズの極めて繊細な除去とかピッチ調整の精密さとか、最先端のテクノロジーを駆使して生み出されたものであることは改めて喜ばしく感じますし、そしてソースとなる音源の厳選というのもありがたいところです。実際のところは経年変化を経た多くの盤の中での「より良いもの」という、どんぐりの背比べ的なものの中からのチョイスだったのだろうと推察しますけれど、それでも極めて良質なソースであることは聴けばよくわかるところ。
そして特に本全集の中で「原盤に遡れるものはそれを」ということで*印のついている録音、例えば1937年パリでのモーツアルトのレクイエムであるとか、とても難しい状況の中で録音された1938年のマーラーの第9番交響曲であるとか、はたまた1935年のワルキューレであるとか、原盤に準ずるとされるものからおこされた録音はその素材の素晴らしさに驚かされます。そしてそのオリジナル性の高い録音ソースが残されているということ自体にも、ワルターの生きた時代といいますか、むしろそこを生きるしかなかった時代が刻印されているのではと改めて考えてしまいました。
何分にも昔どこかで読んだ記憶なので100%正確かどうかはわからないのですが、1938年1月のマーラーの交響曲収録の際には当時HMVに所属していたウォルター・レッグもその録音に加わっていたとのこと。ライブで行われた演奏会の一発勝負での収録(おそらく、セッションを別に設けることは既に難しかったのでしょう)はドイツ・オーストリアの当時の状況からしてこれがおそらく最後と考えた録音スタッフによって、手荷物の「膝だき」にして原盤を飛行機でロンドンに持ち帰ったというような経緯があったとか。
この復刻でも、マーラー第9番の第一楽章、絶対にしくじってはいけないと考えてのことなのでしょうか、インプットレベルの調整を丁寧に(というかとにかく強音がひずまないように)調整しているさまが聞き取れます。SPで聴いているときにはなんだかフォルテになると妙に音量がふわっと下がるのはなんでだろ?と思ってましたし、のちのその他の復刻ではそのあたりをうまく調整していたので気が付かなかった。しかし本シリーズではそのあたりも含めて復刻されているように思いました。会場のノイズのみならず第2楽章冒頭でのワルターの靴音もしっかり再現されています。おそらく柔らかい底皮で、大きな音をたてないようにしつらえられたステージ専用の靴なんだなということまで聞き取れるようです。音質はしっかりと芯があり、こちらも大変に誠実な再現であると感じました。ダイナミックレンジの狭さ、低音域がやせていること、高音域がヒスノイズとともに少しキンキンすること等ありますが、原盤の性質によりもとよりこれしか情報は入っていないのだから仕方なく、そしてその音をうまく掬い取っていると思います。
本曲の復刻と言えば、これまではスピーカーである程度の音量で再生するなら手持ちのから、PRISTINE CLASSICALのXRテクノロジーという手法で調整されているものを時々聴くことが比較的多かったのですが、その音響と言えばとんでもなく豊かです。各声部の分離もはっきりしており、ホールの響きなども豊かにあって、なんというか「今どきの録音」みたいにして聴くことができます。
こういう方向での復刻もまたありだと思いますし、エンジニア氏の周到な調査と再現に関する熱意が伝わってきて私個人の好みとしては喜ばしく感じ、大歓迎するところでもあります。
ただ、そういう形での復刻はもう「リマスタリング」というよりは製作者の「rendering(レンダリング、なんと日本語にすればよいのかちょと躊躇しますが、演出・解釈つきの再表現、再生)」の所産だといっても良いのでしょう。
そのような形での復刻再現にはしばしば、音の良悪に関する評価や音色の好き嫌い、などの好みが分かれますがある意味それで当然、音の再現を期する方の技術や表現込みで聴くことになるのですから。しかしながらもともとのディスクに入っている音情報自体は今回のリマスター版が一定の規範(レファレンス)を提示してくれているように思います。先行の「レンダリング」盤に比べれば音はおとなしくエッジの立っていない音質であり、けれど記憶の中のSP盤に比べればとんでもない、びっくりするほどの馥郁たる情報量が詰まっている録音、であったことがわかります。これはそういう素材として考えたとしても本当に楽しいなと。
それはさておき、本マーラーしかり、パリで録音されたレクイエムしかり、はたまた1935年のワルキューレなどの(*)つきのものは、なにかしらの歴史的・特殊事情が働いて原盤が国外に保管されていてリマスター登場ということなのかもしれないと妄想しています。浅学な私には真相を知る由もないのですが、ドイツはいうまでもなく、オーストリアにおいてもワルターをはじめ多くの、帝国音楽院に所属することを認められなかった芸術家の演奏はどんどん激しく制限、もしくは禁止される時代だったでしょう。彼らのレコードは発売されなくなり、そしてもし原盤が手近なところに収蔵されていようものなら恐らく損壊の憂き目にもあい、それまでに市中に出回っていたレコードを今持っている、聴いているだけでもヤバことになるような、そんな時代の反映かもしれません。
そういう過去の経緯を乗り越えて今聞こえてくるこの音源はまさに歴史的名演の再現であると感じています。1枚ずつ聴きながら、われながら驚くほど幸せな時間が戻ってきました。私も、もう少しこの時間に浸っていたいと思っております。
だらだら長文にて失礼しました。